抗酸化工法開発物語
私の健康住宅への目覚めと葛藤
私が抗酸化工法に出会うきっかけとなるある衝撃的な出来事がありました。
今から18年前の出来事です。私は以前明石で、大手建築会社の
下請け大工をしていました。
姫路で築後30年の家の全面リフォームをしました いつも夕方になると薪割りをして
風呂焚きをしていた元気なおばあさんが半年後に亡くなったのです。
「あんなに元気だったおばあさんがなぜ?」
ビックリするくらいの急な死でした。
「どうして」 と思っていた時に、先輩から有害物質のことを聞いたのです。
当時はまだシックハウスという言葉もなかった時代でしたので、私は知りませんでした。
もしかして、「それが原因で?」 という思いと、「そんなことが」という驚き、
そして「どうして気づけなかったのだろうか」 という罪悪感にさいなまれました。
これ以降体にいいといわれるものは、なんでも飛びつき、その都度試していきました。
しかし、宣伝に謳っている効果はなかなか現れず、失敗の連続でした。
しかしあきらめずに試行錯誤を繰り返し続けました。 失敗するたびに、お客さんから
くそみそに怒られ、代金も貰えないことも多くありました。
「何とかしてあげたい」という一心で
試行錯誤はその後も続きました。そのような中で10年前に私の人生にとって
忘れられない出来事がありました。
伊東さんという新婚さんが、新築のハイツに入居されました。ところが入居されて
しばらく経つと、奥さんにアトピー症状があらわれ、何の解決策もなく困り果てて
おられました。
何とかしてあげたいと思っていた時に、抗酸化工法のことを知りました。
伊東さんの姿を見て、私は決心しました。「もう一度試してみよう」
伊東さんには、効果がなかったら、代金はいりませんとお断りしたうえで、
抗酸化工法の施工を試してみたのです。
過去何度も失敗をしていたので、まったく自信はありませんでした。
忘れません。あの感動を!
抗酸化工法の諸先輩の方々に、施工について電話で確認を取りながら、
不安と期待の施工でした。
そして完成引き渡しから6か月くらい経ったある日のことです。
「前田さん ! ありがとう !」
突然伊東さんご夫妻の訪問。そして開口一番、伊藤さんが涙を流さんほどの
気持ちで私の手を握ってこういってくださったのです。
私の体全身に衝撃がはしりました。なんとあんなにお悩みだった、
どしても治らなかった奥さんのアトピーの症状がすっかりきれいになられていたのです。
「医者が直せない病気が、 新築住宅で治っている!」
私は私自信の目を疑いました。でも これは夢ではなかった!
追い求めていた理想を超える現実を目のあたりにして、私はただ背筋を走る
感動にその時ばかりは、酔いしれたのです。
そしてこんなすごいものに出会ってしまったことで、私の人生も大きく変わっていったのです。
抗酸化工法は不可能を可能にする偉大なパワーを持っていたからです。
これまでは、新築でもリフォームでも、クレームは当たり前。値切られるのも当たりまえ。
建築業界はクレーム産業。 「仕方がない」 とあきらめていたのです。
しかし、伊藤さん宅を施工後、抗酸化工法での家作りは、100軒を超える迄になりました。
それぞれのお宅から感謝や喜びの声をいただき、お客様の紹介をいただけるようになり、
クレーム産業なんてとんでもない。
私にとって、家づくりは、「幸福産業』へと化していたのです。
抗酸化工法に出会って「変わることができた」
なんといっても、私自身が、抗酸化工法と出会って「変わることができた。」
そう思います。
なぜなら家づくりという仕事を、仕事としてやりがいを感じる仕事として、
そして人を幸せにできる仕事として、誇りを持つことができるようになったからです。
まさに理想と言える事業だと確信しています。
私が抗酸化工法で学んだことは、その効能・効果だけではありません。
建設業界に携わる人がもっと勉強をして、住まう人が安全に住まえるよう、
その知識を深める義務があるということです。


